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鹿児島地方裁判所 昭和52年(ワ)492号 判決 1980年10月27日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める判決

一  原告ら

1  被告は原告中山玉利(以下「玉利」という)に対し金一〇〇〇万円、原告中山ツルエ(以下「ツルエ」という)に対し金五〇〇万円及び右各金員に対する昭和五三年一月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

1  主文と同旨。

2  仮執行免脱宣言。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

原告玉利は昭和二四年二月一四日、鹿児島郡東桜島村高免(現鹿児島市高免町)湯ノ尻の山林中において、米軍小倉弾薬処理班の将兵二名による不発油脂焼夷弾(以下「不発弾」という)の処理作業に際し、山林の防火活動に従事していたが、不発弾の至近距離での突然の爆発により燃焼中の油脂を身体前面部に浴びて火傷を負い、鹿児島市内の広瀬外科病院に入院して治療を受け、一命を取りとめた。

2  公権力の行使

被告の国家地方警察鹿児島県警察隊長指揮下の同警察職員は、右不発弾処理作業に伴う山林防火活動に原告らを動員し、その命令下に右作業を行なわせた。

仮にそうでないとしても、米軍将兵は被告の委託により、被告の公務遂行のために右の不発弾処理作業を行なった。

3  過失

警察職員または米軍将兵としては不発弾の炸裂する危険性のある範囲内に専門知識のない民間人を立入らせないようにすべき注意義務があるのにこれを怠り、原告玉利をして危険な地域に立入らせた過失があり、これにより前記の事故を発生させた。

4  後遺症

原告玉利は前記の事故により、現在でも次のような後遺症を有している。

(一) 顔面全体の瘢痕、高度の醜貌

(二) 左無眼球(義眼装着)

(三) 右眼瞼が瘢痕のため縮少し、角膜が僅かに存在するのみ。しかも角膜が中央から下方に向って白濁している。右眼視力は裸眼で三〇センチメートル指数を弁ずるのみで矯正不能。

(四) 口が瘢痕のため引きつり、開口不充分であるため歯みがきもできず、歯科治療も不能である。その上口を閉じることも不能。

(五) 左肘関節が外側の瘢痕性萎縮のため伸展位に固定し、屈曲は直角位まで可能であるに過ぎない。

5  損害

原告玉利は健康な男子であり、農業を営んでいたが、本件事故により廃人同様となり、前記の後遺症によって現在でも言語を絶する精神的苦痛を蒙っている。これを金銭に見積ると一〇〇〇万円に相当する。

原告ツルエは同玉利の妻であるが、夫が本件事故に遭ったため、その看病に尽し、夫に代わって農作業に従事して家計

を支え、多大の精神的苦痛を蒙っている。これを金銭に見積ると五〇〇万円に相当する。

よって被告に対し、国家賠償法一条により、原告玉利は一〇〇〇万円、原告ツルエは五〇〇万円、及び両名とも右各金員に対する本件訴状送達日の翌日である昭和五三年一月六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実はいずれも否認する。

国家地方警察は米軍の責任において行なう不発弾の処理に際し、山林等の火災の危険にそなえるために地元消防団に出動を依頼したに過ぎない。米軍は占領軍として占領地域を統治していたものであって、被告の委託を受けて統治したわけではない。

3  同3の事実は否認する。

警察は本件現場への民間人の立入りを禁止していた。原告玉利は地元消防団の一員として立入ったもので、民間人とは異なる。

4  同4の事実は、その(四)のうち、後段については不知、その余はすべて認める。

5  同5の事実は否認する。

三  抗弁

1  短期消滅時効の完成

(一) 原告ら主張の後遺症のうち眼以外の部位については、原告玉利に障害見舞金の給付された昭和二六年三月ころ、眼については同原告が昭和三三年六月二一日左眼球内容除去手術を受けて退院した同年七月二二日ころ、いずれも症状が固定し、原告らはそのころまでに右損害の発生を知った。

(二) 原告玉利は米軍将兵の不発弾処理に国家地方警察の協力要請で防火活動に動員されたというのであり、昭和二四年内に被告から療養見舞金の給付を受けているのであるから、原告らは原告玉利の受傷時ないし受傷後間もなく加害者を知ったものである。

(三) 被告は本訴において三年間の短期消滅時効を援用する。

2  除斥期間の経過等

民法七二四条後段の規定は除斥期間を定めたもので、その起算日は加害行為のなされた時と解すべきであるが、本件事故発生日より本訴提起日(昭和五二年一二月一七日)までに二八年一〇か月余が経過した。

仮に右規定が消滅時効を定めたものとすれば、被告は本訴においてこれを援用する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は、その(一)のうち被告主張のころ、原告玉利が左眼球内容除去の手術を受けて退院したこと、その(二)のうち被告主張のころ同原告が国から見舞金の給付を受けたことは認め、その余の事実及び主張は争う。

原告玉利の左眼の視力は徐々に低下し、昭和五〇年ころには〇・〇二程度となった。同原告の金歯は昭和五一年ころ歯ぐきから浮いたのですべて抜歯された。両足大腿部の筋肉は昭和四八年ころから激痛を伴って痙攣するようになった。

このように原告玉利の症状は固定せず、本件事故後、相当期間経過した時点においてさえ予想されなかったものである。そして原告らの損害は日々発生しているのである。

原告らが、加害者を被告であると認識したのは本件訴提起の直前である。

2  同2のうち、本訴提起日が昭和五二年一二月一七日であることは認め、その余は争う。

民法七二四条後段の規定は消滅時効を定めたもので、その起算日は損害発生日と解すべきである。

五  再抗弁

1  時効の利益の放棄

被告は昭和三七年九月、連合国占領軍等の行為等による被害者等に対する給付金の支給に関する法律(昭和三六年一一月一一日法律第二一五号)に基づく障害給付金一三万円、休業給付金七五〇〇円を原告玉利に支払い、昭和四二年一二月、同法改正法(昭和四二年一月八日法律第二号)に基づく特別障害給付金一八万四〇〇〇円を原告玉利に、障害者の妻に対する支給金七万五〇〇〇円を原告ツルエにそれぞれ支払ったことにより、被告は本件損害賠償請求権の消滅時効完成後に時効の利益を放棄した。

2  時効援用権の濫用

被告は憲法二五条に基づき、すべての国民に対し、健康で文化的な最低限度の生活を保障すべき義務がある。しかるに被告は原告らが本件事故により深刻かつ継続的な被害を受けているのを充分に知っており、度々補償金の請求を受けながら、進んで賠償すべきであるのに被告に賠償責任のあることを秘匿していた。従って被告による消滅時効の援用は憲法の精神に反し、権利の濫用に当たり、許されない。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1のうち、原告ら主張どおりの金員の支払がなされたことは認め、その余は争う。

右の支払は特別の政策上の配慮によってなされたものであって、損害賠償として支払われたものではない。

2  同2の事実及び主張は争う。

第三  証拠(省略)

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